体質(証)説明の難しさ

〇患者さんには、東洋的観点から見た体質を説明しなければなりません。しかし、それが最も難解な作業のひとつです。結論からいえば、100%正確に説明することは難しいです。なぜならば、私たちは西洋科学的な教育を受けてしまっているからです。「冷え症」の分類でも述べましたが、西洋的発想と東洋的発想は全く次元が違います。この全く違う次元のものを、無理矢理ひとつにしようとした時点で意味がブレてしまいます。具体的な例を挙げてみましょう。
鍼屋「あなたは腎陰虚です」
患者さん「”腎”って腎臓の腎ですか?私の腎臓は悪くありません。検査結果も正常です」
鍼屋「西洋的な発想の腎臓とは違います」
患者さん「腎っていう字は腎臓の腎ですよね。時代劇などで”腎の臓”といっているのを見た事があります」
鍼屋「字はそうです。」
患者さん「ではどこが違うのですか?」
鍼屋「五行色体表の一番右の縦列が腎です」
患者さん「耳は腎臓とは関係ないですよね」
鍼屋「耳は腎の竅(あな)です」
患者さん「どこで腎とつながっているのですか?」
鍼屋「・・・」
このような禅問答になってしまいます。”東洋的発想の腎”を”西洋的発想の腎臓”に、無理矢理置き換えようとしている時点で、すでに説明の趣旨が伝わっていません(別に患者さんが悪いわけではありません)。「じゅあ、どう理解したらよいのだ?」といわれたら、「腎は津液代謝を主り・・・」と説明し始めると、時間がいくらあっても足りません。しかも、東洋的なものは感覚でとらえる要素があるため、理屈のみで理解しようとしても無理です。別に患者さんの理解力が低いわけではなく、国の政策で西洋万能の世の中になっているため、私の今の実力では「100%正確に説明することは難しい」というのが現状です(以前にも述べましたが、中国・韓国では(北朝鮮でも)西洋医者以外に東洋医者がいます。つまり、東洋的発想の伝統医学を、国が医療として認めています。日本では西洋医者しかいません。ここが大きな違いです)。

〇「私は鍼灸院で体質の説明を受けて納得した」とおっしゃる方もいると思います。中には、正しく説明できる鍼灸院があるのかもしれません。しかし、突っ込んで考えてみると、患者さんに分かりやすく噛み砕いて説明した時点で、すでにブレてしまっている場合が多いのも事実です。たとえば、最も説明しやすい体質として「血虚(けっきょ)」があります。字のとおり血が足りないわけですから、「血が足りない=貧血」と考えれば、患者さんにとっては分かりやすいでしょう。ところが、一歩進んで考えると”血虚(けっきょ)”ひとつとっても曲者(くせもの)で、血が虚だからといって、必ずしも検査結果が貧血とは限らないのです。まず、西洋的な血(ち)と東洋的な血(けつ)は概念が違います。100歩譲って、同じように無理矢理に結び付けたとしても、身体の中は自然の生態系と同様で、とても検査数値では表しきれないのです。

〇東洋と西洋の考え方の違いを説明するために、例えば、”気”について考えてみましょう。気はこうして身体内部を巡っている、というのが東洋の常識です。私のような過敏体質者は、このルートの途中のツボに刺鍼をすると、何かがルート上を巡るのを、自分自身の身体で認識できるので、東洋的な気について信じざるを得ません。そして、ルート上のツボに刺鍼すると、良い結果が出ることは日常的にあります。それが一般的な東洋の鍼灸施術です。つまり、「気はごく身近で当たり前のものであって、特別なものではない」というのが東洋の考え方です。

〇それに比べて現代の西洋科学万能な考え方は、目に見える物質以外は「ない」とするのが基本です。「気はない。どこにあるのだ。あるのなら、見せてみろ。」というのが西洋的発想です。まれに「気はある」とする人もいますが、その人たちはオカルトな発想で考えている人が多いのです(もちろん、全員ではありません)。つまり、西洋科学的には、「(1)目に見える物質はある、(3)目に見えないものはオカルト」という両極端な発想なわけです。東洋では、(1)と(3)の間に、「(2)目に見えなくても、当たり前に考えて感覚的にあるものは存在する。」と考えます。つまり、「当たり前のことを当たり前に考える」という発想が、西洋科学的な考え方に比べて色濃くあるような気がします。

〇例えば、肚(ハラ)=道教では丹田 というものがあります。肚(ハラ)は肝(キモ)とは字が違うだけでなく、全く別物です。日本では、昔から「肚(ハラ)を据えてかかれ」「肚(ハラ)に力を入れろ」という表現を、当たり前のようにしてきました。つまり、多くの人が感覚的に認識していたわけです。しかし、現代では自分の身体で認識している人は、何千人に1人もいないかもしれません。場所的には下腹部ですが、下腹部を解剖しても肚(ハラ)は出てきません。しかし、自然の生態系に身を委ねて暮らしてきた東洋の人たちは、当たり前のように自分自身の感覚で理解していたわけです。しかし、西洋科学的発想では、「解剖して出てこないのだから存在しない」としています。テレビに出る知識人と称する人たちでさえ、「肝(キモ)が据わる」などと間違った言葉の遣い方をしており、しかも、それが一般化しつつあります(正しくは「肝(キモ)っ玉が据わる」または「肚(ハラ)が据わる」です。この2つの言葉は意味が違います)。「肝腎要(かんじんかなめ)」という言葉も、東洋的な腎の概念が失われた結果(西洋的には心の方が重要であるため)、「肝心要(かんじんかなめ)」などという間違った言葉がはびこり、今では肝心要の方が正しい用語になってしまいました。

〇私はすでに9年間ほとんど毎日、東洋的鍛錬法を積んできました。三日坊主の私が珍しく続いています(これをやらないと鍼も灸も効かなくなるため、やらざるを得ないのですが・・・)。最初の5年は、師について個人的に習いましたが、その後の4年は自分ひとりで行っています。なぜ、5年で師を離れたかといいますと、自分自身の下っ腹に拳(野球のボール)のような感覚が現れて日常化したからです。修練をはじめてから2年くらいで、こうした感覚が時折現れました。最初にこの感覚を味わったときには、感動しました。今でも忘れませんが、JR目黒駅のホームを歩いているときに、下腹部と足がつながったような、下腹部にムクムクとしたものが現れたような感じがしたのを覚えています。そして、今でも大切にその感覚を育てています。誰でも一つの仕事を2年も続けたら、始める前には分からなかったことが、普通に分かるようになるわけですから、こんなことは自慢にはなりませんが・・・。

〇私としては、大発見であったわけですが、考えてみれば、「肚(ハラ)を据えてかかれ」「肚(ハラ)に力を入れろ」という言葉があったところをみると、昔の人は当たり前のように感じていたのでしょう。ところが、西洋科学的な生活を「文化的な生活」と勘違いし、自然とともに暮らすことを放棄した現代人(もちろん、私も含めて)には、そんな当たり前の感覚さえ分からなくなり、「目に見えないものはない」とする西洋万能な考え方に支配されてしまった結果、肚(ハラ)の意味さえ分からなくなってしまっています。生態系と生命力でも述べましたが、お日様(ひさま)とともに生活することを放棄し、人工的につくられて生命力を失ったものを食べ(生命力を食べる)、コンクリートの中で生活することが「便利な世の中」と勘違いをしている現代人(もちろん、私も含めて)には、もはや東洋的なものを感覚で理解することが不可能になっています。長々と述べましたが、ここまでを要約すると、「東洋では理屈のみでなく、感覚でも理解しないと本当のことは分からない」ということです。

〇体質のことを東洋的には証(しょう)といいます。証については、舌の状態、脈の状態、ツボや背骨の状態、顔面の色、声質や声の力、話しぶりやテンポ、肌目(きめ)、肌の色、湿潤か乾燥か、質問票(飲食の状態・嗜好品・大小便の状態・発汗・痰・目の状態・歯・耳・手足の寒暖・爪・髪・睡眠・入浴の状態・気候の影響・・・)など様々な角度から分析し、あぶり出していきます。しかも、これらは教科書どおりには出て来ないことがほとんどなので、曲者(くせもの)です。とても、初見時に10〜20分で終わる作業ではありません。そのため、患者さんにはA4用紙10枚にもわたる内容にご記入頂き、それでもまだ足りないので、ありとあらゆる方法を使って特定していくわけです。

〇証は現代医学に例えれば病名です。つまり、施術方針を決定する材料ですから大切です。証にはいくつも見方があり、臓腑経絡弁証・八鋼弁証・六経弁証・気血弁証・衛気営血弁証・三焦弁証などが一般的です。しかも、この証が1人の人に複数存在するわけです。私自身について言えば、陽虚、気虚、血虚、気滞です。つまり、4つの証(体質)が私1人に同居するわけです。しかも、教科書的にいえば、陽虚と気虚では、身体に良い食べ物と悪い食べ物が違います。場合によっては、全く正反対のものである場合があります。気虚には”ほうれん草”は良いとされていますが、陽虚ではアクが強いため、良くない食べ物として位置づけられています。つまり、1人の人に対して、身体に良いものと悪いものが正反対である場合もあります。患者さんサイドから見た場合、『「気虚には”ほうれん草”が良い」っていうから意識して食べていたのに、今度は「陽虚に”ほうれん草”が良くない」って言われる。この鍼灸師は支離滅裂だ。』となります(参考:生命力を高める食生活)。

〇証はいくつもの種類が同居するだけでなく、天候やストレス、食べたものの量、運動量、睡眠などによって、良くなったり悪くなったりします。私の場合、ストレスがたまったときには、(本)は陽虚ですが、(標)は気滞です。どちらをターゲットにするかというと「急ならば標を施術し、緩ならば本を施術する」という基本原則がありますから、ストレスが激しく、自然治癒力の活性化を邪魔しているのであれば、(標)気滞を施術のターゲットとします。逆に、ストレスが緩やかで、自然治癒力を邪魔しないのであれば、(本)陽虚をターゲットにするのです。つまり、同一人物に対して、その日その時によって、施術のターゲットとする証が違うわけです。これを患者さんに「理解して下さい」といっても、それは無理でしょう(別に患者さんの理解力が欠けているわけではありません。理解できる人など存在しません)。詳しく正確に説明すればするほど、「この間言ったことと、今日言っていることが違うじゃない。今まで間違っていたの?」という疑問を抱かれるのも無理はありません。それは、私の説明のしかたに問題があるのです。

〇多くの施術所では、純粋な東洋的な発想の施術は行われていません(中にはきちんとした所もあります)。西洋的な土台の上に、上っ面(つら)だけの東洋的発想をのせて、「東洋医学」と証して客集めをしているところがほとんどです(特にチェーン店などでビジネスとして行っている所、例えばリフレクソロジーなど)。「腰が痛いのは、〇〇という筋肉が・・・」とか、「腰椎の何番が・・・」とする説明が出てきた時点で、それは東洋医学ではありません(そのような施術所の”腕が悪い”といっているのではなく、”東洋的発想ではない”といっているのです)。「この腰痛は胆経腰痛です。足の少陽胆経は身体の側面を走っており、腰の部分も通っていますから、そこが障害されたのでょう」という説明が出てきたのならば、それが東洋医学です。しかし、そのまま患者さんに説明すると「胆は胆嚢(たんのう)ですか?」という禅問答の続きとなりますので、東洋的説明は難しいのです。かといって説明する義務が鍼屋にはあります。

〇私の今後の課題として、この難解な東洋の証というものを「できるだけ分かりやすく、しかも正確さを失わずに説明する方法」を考えていきたいと思います。そして、現在の私の下手な説明が、患者さんを戸惑わせていることを反省しています。言い訳をすると、通り一遍(とおりいっぺん)の形式的な説明をするのは、患者さんに対して失礼だと考えているため、正確さを重視すると、どうしても東洋的用語や気血水で説明しなければならず、そのために分かりやすさを欠いていたと思います。説明の正確さとともに、分かりやすさも考えていきたいと思います。

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