純粋な東洋医学的アプローチの必要性

「腰椎第4−5番に器質的病変が認められるから改善しない」と父に言われた。4−5番の背骨の真ん中を押すと圧痛がある。これは督脈に異変が認められることを意味するので、督脈の宗穴である後谿(こうけい)に刺鍼したところ、刺している間は痛みがなくなった。その後、何度か刺鍼しているうちに、段々と押しても痛みを感じなくなってきた。最近、医療機関には行っていないため、レントゲン検査は受けていないが、受けたとしても、西洋科学的には何も改善していないかもしれない。しかし、痛みは改善傾向にあるのだから、生命の状態が良い方に向かっていることは間違いないだろう。ぎっくり腰の人ならば、器質的疾患にはほとんど関係なく改善することは日常的にある。

同じく父の例を挙げてみる。地震の直後、「心拍がたまに止まる」と言い出した。医療機関で検査を受けたが、異常は認められなかった。しかし、東洋的にみると、明らかに肝の脈に異常が診られた。その後、腎のツボにアプローチしたところ(肝腎同源)、自覚症状も消失した。

こうした事実は何を物語るのであろうか。「器質的欠陥があれば絶対にダメ」とする発想は、”西洋科学的発想が全て”と思っているのではないか?長い間生きていれば、生命状態のあちこちに綻(ほころ)びが生じることは自然なことだ。その綻(ほころ)びが、検査結果に出るか出ないか(目視できるか否か)の差で一喜一憂することは、東洋医学的方向からみたら偏っているように思うことがある。検査結果に反映されるデータは、生命現象の一部でしかない。特に虚弱体質(=生命力の弱り)は、検査結果に反映されるとは限らない。逆に検査結果に反映されていないから、といって安堵しすぎるのも、”西洋科学的発想が全て”と考えていることを意味する。これは、「子宮にアマリモノがあるうちは絶対に妊娠できない」などとする発想も例外ではないだろう。

人様のことを傍観しながら批判している私も、大した者ではない。今後、西洋科学的手法で改善できない症例を、いかに改善に導くかが私の最大の課題だ。そのためには、普通の人が全く想像もできない方向(純粋な東洋医学的方向)からアプローチしなければ、改善する可能性は上がらないであろう。皆さんからみたら、私は益々宇宙人になる必要があるだろうし、皆さんと私の距離は益々離れていくのかもしれない。しかし、目的は一緒だ。一刻も早く改善すること・・・そのことに徹しよう。
(2012.02記)

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