鍼灸の究極の目的とは

〇鍼灸の究極の目的とは”人生の最期を安らかに迎えさせること”だと思っている。鍼灸というよりも、東洋的な生命力を高める技術の究極の目的がそうなのではないかと思う。昔の健康法の達人の最期は、”笑みを浮かべながら眠るように亡くなった”とする記述が多い。古の太極拳士、坊さん、鍼灸の達人にしてもそうだ。尾ひれがついて美談になっている可能性もあるが、全くの作り話ともいえない。その人たちに共通することは、下っ肚(ハラ)を鍛えていることだ。つまり、長年月かけて身体内部を練っていたようだ。

〇しかし、普通の人はそのような鍛錬法は知るはずもないので、別の東洋的な生命力バランス技術を施さなければならない。私は、鍼灸でそれがある程度可能だと思っている。それを証明するためには、まず私の両親を安らかに死なせる必要がある。そう思って去年から慌てて親に鍼灸施術を始めた。70歳に手が届く手前になって始めたので、どのくらい実現できるかは疑問だが、両親ともに身体が変わってきた。

〇まず、父は肩こりがなくなった。以前は毎日シップを貼っていたらしいが、1週間に一度のペースで鍼を始めてから1ヶ月くらいでシップが必要なくなったらしい。父は「鍼だから肩こりに効いたのだろう」と思っているようだが、そんなに悠長な話ではない。父の家系は脳血管障害体質だ。祖父も叔父も脳血管障害に罹患している。私のいとこも40歳代で死亡している。鍼を初めて打った時の父は、いまにも脳卒中を起こしそうな肝腎陰虚で、熱が頭に上る一歩手前まで来ていた。ヤバイと思って、上った熱を鍼で下げたので肩こりがなくなったのだ。今後は腎水を潤して肝火が高ぶらないように、刺鍼し続けたいと思う。ちなみに、このタイプに施灸すると熱が上って悪化する。

〇母は腎陽虚タイプだ。身体中に余分な水が溜まって、それが捌けないので冷えに回り、真夏でもズボンの下にもう一枚履いている。いわゆる陽虚水泛証だ。現代医学的病名は、白内障、飛蚊症、(夏には)膀胱炎のみだが、そんなに甘いものではない。こういうタイプの人が、「水分は大量に・・・」とぱかりに飲みたくもないのに無理矢理に水を胃に流し込めば、手がつけられなくなる。現代医学的検査では「腎に水が溜まっているが心配ない」と出ているようだが、”心配ない”どころか最も”心配しなければならない”タイプだ。このタイプは骨の髄まで冷え切っているので、灸を据えまくることだ。鍼では改善しない。母は夏には毎年膀胱炎になっていたが、施灸するようになってからは発症していない。「膀胱炎が改善した」と思っているようだが、これもそんなに悠長なことではない。骨の髄は五行色体表にあるとおり、腎が支配している。つまり、身体の最も深い場所が温補されたことを意味しているが、予断を許さない状況だ。

〇二人のうちで問題なのは母の方だ。父は鍼を打っている限り、脳血管障害にはならないだろう。脳血管障害さえ防げれば、平均寿命まで生きると思う。それに比べて母は現代医学的には大きな問題はないが、東洋的には良い状態ではない。舌の肺に相当する部分が出っ張っていて、苔状の付着物はほとんどない。脈も濡脈だ。多分、あと5年くらいで寿命を迎えると思う。5年後に病名のつく病気になるか(肺に関するもの)、急に心臓が止まるのかは分からないが、いずれにしても寿命の限界だと思う。70歳代で限界?・・・と思うかもしれないが、生命力が強い人と弱い人では、これほどまでに不平等にできている。残りの5年間に灸を据えまくり、腎陽を温補して水を捌ければ寿命も延びるかもしれない。それができなければ、生命力をバランスの良い状態に持って行き、安らかな最期を迎えさせてやりたいと思う。

〇私は器が小さいので、毎日、目先の患者さんの症状におわれている。しかし、そんな中でも究極の目的を忘れてはならない。「終わり良ければ全て良し」・・・人生の最期はかけがえのない大切なものだ。そんな大切なことに鍼灸が役に立てるのであれば、鍼灸師冥利につきるというものだ。今後も東洋的な鍛錬と並行して、鍼灸の技術を向上させたいと思う。本当の意味での最終目標は、私自身が安らかに笑みを浮かべながら死ぬことだと思っている。

(2010.09記)

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