〇「病院で検査を受けたら病が発見されて、早期治療を受けたら大事に至らずに済んだ」という話はよく耳にする。そして、「検査は大切だ」「検査を受けよう」とするキャッチフレーズが世の中には出回っている。中には検査オタクみたいになってしまう人もいるが、何はともあれ早期発見に繋がることは良いことだ。西洋医学が優秀で良かった・・・と私も思う。
〇しかし、逆のパターンも確かに存在する。それは検査で発見された結果、いじくる必要がないにも関わらず”念のため”としていじくり回し、不定愁訴などに陥るケースである。実際にたまに耳にするのは、子宮筋腫や子宮内膜症の例である。「子宮内膜症がある人は、ない人よりも生理痛が酷い」と思っている人も多いが、実際はそんなに単純な話ではない。生理痛が酷い・酷くない、は子宮内膜症という病名とはそれほど関係が深くない。単なる月経困難症の人でも酷い人は酷いし、子宮内膜症でもそれほど痛まない人もいる。極端な例では、「生理痛が全くないにも関わらず、たまたま検査で発見された。しかも、病巣は結構大きい。」などということもある。こうした場合、生理痛はなく、その他の自覚症状もない、しかし、「病院で治療を勧められたから」としてホルモン治療や手術に至るケースもある。
〇ホルモン治療や手術に至った結果、人によっては様々な不定愁訴が出てくることもある。子宮は生殖器の1つであり、生命力の根であるから、そこをいじくれば、様々な症状が出てきても不思議はない。うまく体内でバランスをとれれば、何も出ないで済む人も多いが、バランスを取れない場合は、生活の質を落とすことにもなりかねない。
〇こうした例は、うがった見方をすれば、検査が発達していない昔であれば、病巣は発見さなかった訳だから、いじくり回す必要もなかったかもしれない。しかも、子宮内膜症が他の重大な疾患に進行する可能性は低い訳だから、生活の質を落とさずに、しかも、重大な病気にもかからずに、生涯を全うできたかもしれない訳だ。
〇西洋科学的発想が発達すればするほど、「例え多くの不定愁訴に悩む人を出しても、一人の死者を出すよりはマシだ」という方向に行く傾向がある。例えば、(私の記憶によると)20〜30年前の中国における虫垂炎治療の場合、7〜8割が東洋医学で治癒している(最近は相当落ちていると推測される)。切るのは残りの2〜3割だった。もし、中国が日本のように西洋科学的発想一辺倒だったとしたら、「虫垂炎に東洋医学だなんて、殺す気か」となってしまう。
〇こうして東西両方を真ん中から眺めてみると、我々の常識もある意味正しいが、ある意味狭い考えに陥っているのではないか、と思うことがある。人間は長い間生きていれば、様々な弊害が体内に生じていくのが自然だ。生まれたままの純真無垢な状態で生きている人などは存在しない。それは精神も同じことで、様々な矛盾を抱えながら、バランスをとって生きている。こうした矛盾や歪みを抱えながら生きている私達だから、検査で判明することはほんの一部なのかもしれない。
〇また話が最初に戻るが、検査の結果、病を発見し、早期治療を受けることは大切なことだ。しかし、そのことだけに凝り固まるのでは、視野が狭い。薬でコントロールすることと併行して、生命力を損傷せずに、生活の質を落とさない(上げる)ことも大切なことではないかと思う。
(2011.07記)
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