〇鍼灸業界では、色々な講習会や勉強会が乱立している。主催者はそれらを通して自分の流儀を広めようとしたり、または、受講料を徴収して儲けようとしたりする。私は数年前、自分の鍼灸技術が壁に突き当たり、それを突破しようと様々な講習会などに出席した。その中で面白い講習会を見つけ、そこで教えている技術をマスターしたいと思い、当該講習会が推奨している鍛錬法を毎日実行した。
〇私はすでにその頃、下っ肚(したっぱら)(=中国的にいえば内功)の感覚が自分の中に芽生えていたが、そうした感覚をそれほど信頼していなかった。つまり、自分自身を信じることができず、手っ取り早く外に頼るものを求めたわけだ。当該講習会で標榜している鍛錬法は、胸を中心に行うものであった(胸の辺りに重心を置く)。
〇本来、東洋の技術はどんなものであっても、下っ肚で動作を行うものである。「なんでこの流派は胸で動作を行おうとするのだろう・・・」と疑問に思ったが、そこでは「この講習会の技術を完全にマスターすると、こんなにすごくなる」とおおっぴらに宣伝しており、自分の中にあるものを信じられず、外のモノにすがりたかった私には魅力的であった。また、そこで知り合った人たちとのコミュニケーションも面白くて、それも技術の習得意欲に火をつけるに充分だった。
〇私は毎日、毎日、そこで教えている鍛錬法を実践した。以前から行っていた肚の鍛錬も併行して行っていたので、多くの時間を費やすことになった。その結果、約1年後には講習会で教えているレベルに到達し、自分が求めるものに近くなってきた。指先の感覚も敏感になり、今まで分からなかったツボの感覚も理解できるようになったし、脈も以前よりも分かるようになってうれしかった。
〇しかし、良い事ずくめではなかった。鍼や灸の効果が弱くなってしまったのだ。肚の鍛錬は以前と同様に行っているのに、どういうわけか?これが私の限界か?と悩んだ。心の底では、「胸で行う鍛錬を行ってしまったから、肚に重心が降りなくなったのかな?」と薄々気づいていたのだが、これからも当該講習会に出たかったし、そこで出会った人たちとの交流も続けたいので、胸で行う動作をやめる決心がつかなかった。散々悩んだ挙句、背に腹は変えられないので、胸の動作はやめることにした。胸の動作をやめて一週間も経った頃には、重心が肚に降りてきて、鍼や灸の効き目も元に戻り、安心した。
〇当該講習会では、鍼灸の大家といわれる人が責任者を努めていて、懇切丁寧に教えてくれる。しかし、責任者が言っていることを分析すると、どうしても肚の感覚が分かる人とは思えない。他の講習会にも出席したが、いずれも同じようなことが多かった。「最も正しいのは肚の人、次は胸の人(これが普通)、最低は頭の人」又は「鍼は肚で刺す、灸は肚で据える」などという言い伝えが古来から存在するにも関わらず、大家と呼ばれる人でさえも肚の感覚を分かる鍼灸師はほとんど存在しない、ということを目の当たりにして私はショックであった。
〇世間では、「同じツボに同じタイミング、同じ太さの艾を、同じ回数で灸を据えれば、誰が据えても同じように効くはずだ」とか、「同じツボに同じ太さの鍼を、同じ手技で刺せば、誰が刺しても同じように効くはずだ」などと単純な発想をするが、それは西洋科学的なことしか分からない人が考えることだ。このような生命体の動きを捕まえるには、西洋科学的な発想で望んでみても、極めて無力である。肚の力が根であるならば、小手先のテクニックは枝葉末節にしかならない。「じゃあ、肚の力って何だよ」と多くの人はいうだろう。答えは、不立文字である。とても言葉には表せない。自分の体験で分かったことしか分からない。それを科学的に分析することなど不可能、ということだ。マニュアル化すれば誰にでもできる、などというのは、余りにも短絡的であり、西洋科学的思考に凝り固まっている人の発想だ。
〇この時の体験はとても為になった。外にすがるものを求めるのは、自分の中にすがるものを見つけられないことのあらわれであり、いわば、新興宗教にすがるようなものだ。自分の中にすがるものを見つけ、それを毎日丹念に育てていくことが王道だし、また、その方が実は手っ取り早く、効率的であるということを思い知らされた。今後とも、自分の中に芽生えている感覚を大切に育てていこうと思う。
(2011.5記)
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