虚弱体質の方へ-月経トラブル専門鍼灸

貯金の勧め

〇我々は生命力で生きています。生命力の「量」は個々人によって違います。しかし、現代教育では「人は皆平等」などという教育を受けていますから、「皆が同じ量の生命力をもっている」と勘違いをしている人たちが大勢います。「人は皆平等」という考え方は、生命力の「量」ではなく「質」のことを言っているのです。世の指導者たちも、精神論と現実をゴッチャにしてしまい、生命力の「量」と「質」の区別をしていないので、大きな誤解を生じています。生命力の「量」には大きな違いがあります。大量の生命力をもっている人もいれば、小量の生命力しかもっていない虚弱体質の人もいます。これほど不平等なものはない・・・というのは認めたくありませんが、事実なのです。 

〇大量の生命力をもっている人は、身体が丈夫・疲れない・精神力が強い・運に恵まれている・辛いことがあっても耐えられる、などの特徴が挙げられます。このタイプの人は、社会的地位がある人・競争相手を潰せる人・(私生活では)周囲に人が集まってくる人・メディアに登場する人etcなどに見られます。この人たちは器も大きいですから、少しくらい叩かれても耐えられます。また、少しくらい悪いことをしても、自己嫌悪により自滅する可能性も比較的少ないといえます。

〇逆に生命力が小量の人は、虚弱体質、身体が弱い・疲れやすい・精神力が弱い・精神的重圧に弱い・・・などの特徴が挙げられます。このタイプの人は器が小さいですから、(私生活では)周りに人が集まりにくいですし、責任ある立場に長期間立つと、重圧に押しつぶされそうになります。そのため、ガムシャラに(仕事などの)責任を果たそうとして頑張る結果、生命力をより一層失います。また、少しでも悪いことをすると、因果応報の理(自分がしたことが巡り巡って自分自身に跳ね返ってくる)により、自滅する危険性も大きいといえます。自滅しなくても、長期間続かない例が見受けられます。しかし、このタイプの人は異常亢進により、無理に力を出すことが日常化している人も多いので、周囲の人からは弱いとは見られていないこともあります。自分でも自身が弱いことを認めたくないので、ごまかしている人も多く、自分で自分のことを認識していない(したくない)人も多く見られます。

〇生命力の「量」の大小は、生きていく上で決定的な差となってあらわれます。この生命力の「量」の差は何によって決定されるのでしょうか?要因は2つあります。ひとつは先天的要因です。五臓六腑でいえば、腎力(先天の精)です。これは生まれつきの生命力ですから、当初は本人にはどうしようもない部分もあります。基本的には父母の生命力が、子供に反映されます。ご自身の体質を考えても、父母の体質が合わさっていることにお気づきになると思います。五行色体表をご覧下さい。一番右の縦ラインが腎(水)に該当します。骨・髄・足・精など、身体の土台(根幹)を主どっています。すべての五臓六腑(生命力)はこの腎の上にあります。生まれつきの生命力の量は、これほどまでにその人の人生を左右します。しかし、勘違いして欲しくないのは、先天の精を養う生活方法があります。先天の精を守る生活をしている人と、そうでない人との差は年単位であらわれます。つまり、生まれつき生命力の「量」が少ない人(虚弱体質)でも、年単位で正しい生活をしていれば、生まれつき生命力の「量」が多い人(不摂生をしている人が多い)を凌ぐ力があるのです。

〇生命力を決定付ける要因の二つ目は、脾力(五行色体表の土に該当)です。これは胃腸の力とも言いかえることができます。腎力が先天の精であるのに対して、脾力(胃腸の力)は後天の精といいます。食べ物から消化吸収して生産した栄気を、身体の隅々まで行き渡らせる力です。腎力が自転車の後輪とすると、脾力は前輪に該当します。つまり、腎と脾の力でエネルギーを出し、生命力を養っているわけです。脾力は日常生活を摂生することにより、比較的短期間で効果がでます。昔の人は「足を使う運動をすると脾が胃を揉む」と言って、足を使うことが胃腸を健全に保つことにつながることをよく知っていました。足を使う運動・少なめで質素な飲食・早寝(充分な睡眠)の3拍子がそろえば、比較的短期間に脾力を旺気できます。前輪である脾力が旺気できれば、後輪である腎力も楽に働けますから、先天の精を養うことにつながります。つまり、正しい生活を続ければ、生まれつきの力までも活性化することにつながるのです。

〇さて、ここから本題に入ります。「正しい生活」とはなんでしょう。足を使う運動・少なめで質素な飲食・早寝(充分な睡眠)と言いましたが、実行するためにはどうしたらよいでしょう。現代社会で普通に生活していたら難しいでしょう。テレビや雑誌では食べることばかりが取り上げられ、運動といえばテレビを見ながら少し行って運動したことにしてしまう、夜は遅寝・・・では「正しい生活」などは見る影もありません。元々生命力の「量」が旺盛な人は不摂生な生活をしていても、中高年になるまでの間は何の不都合も生じないのが一般的です。しかし、それを生命力の「量」が小さい虚弱体質の人が真似をしてしまったら、恐ろしいことになります。なぜならば、脾力(後天の精)を損なう→腎力(先天の精)を損なう→生命力全体を損なう・・・という最悪の結果となってしまうからです。

〇最初に述べたとおり、人は不平等な生命力の「量」をもって生まれます。生命力をお金に例えると、貧乏人とお金持ちです。お金と違って性質(たち)が悪いのは、生命力の「量」は目に見えない・・・ということです。貧乏人は、お金持ちと同等なお金の使い方はしません。「あの人がこんなに高価なものを買ったから、私も買いたい」などとは思いません。たとえ思ったとしても、実行できないし、ローンで買っても自分の首を自分で絞めることは目に見えているからです。ところが生命力は違います。目に見えないので、自分に都合の良いように解釈しようとします。そして、「(生命力の)お金持ちがおいしいものを食べているから私も食べたい」「(生命力の)お金持ちが夜遅くまでテレビを見ているから私も見たい」という発想をします。その結果、(生命力の)お金持ちと貧乏人の差はどんどん広がっていきます。

〇貧乏人が小金(こがね)をためようと思ったら、コツコツと毎日少しずつ節約します。そうした生活を年単位で続けることにより、忘れた頃に小金(こがね)がたまっています。貧乏人がお金持ちと同様に浪費していたら、破産してしまいます。生命力も同じです。「人ができるのだから、私もできる」とばかりに昼夜を問わず、ガムシャラに働いたり、勉強している人がいます。これでは破産するのは目に見えています。かつての私がそうであったのと同様に、「人と自分の生命力の量が同じである」と無理に思い込もうとしています。自分の限界に挑戦し、それを乗り越えることはすばらしいことですが、その副作用(参考:異常亢進)に気づくことが大切です。そして、小金をためる努力を一刻も早く始めたほうが良いと思います。そうしないと、かつての私のようになってしまいます。

〇こんな例え話はどうでしょう。50ccバイク(=生命力が小さい人)を無理に改造してスピードが出るようにすれば、90キロ以上のスピードが出るようになります。その結果、普通の道ならば250ccバイク(=生命力が大きい人)と張り合うことも可能です。張り合っている間は、自分が強くなったような気がして気分が良いでしょう。しかし、無理してエンジンを酷使することを日常化していれば、やがては廃車となってしまいます。

〇現代社会では、生命力が大きい人も小さい人も同じ土俵で相撲をとらなければなりません。「生命力を浪費しないように」などといっていたら、競争社会の中では取り残されてしまうかもしれません。取り残された挙句、会社から捨てられる・・・などということも完全に否定することはできません。しかし、生命力の「量」も非常にシビアです。「忍び寄るナントカ」ではありませんが、着実にその人の五臓六腑のエネルギーを食いつぶしていきます。気づいた時にどうしようもない状態になっていても、その原因が生命力を浪費したことにある、ということに一生気づかない例も多いのです。虚弱体質の人にとって、無月経などは生命力を浪費した典型的な症状です。病名がつく重病になる前に、神様(仏様?)が「用心しろよ」と教えてくれているわけです。生命力減退・虚弱体質のみなさん、自分自身の弱点を受け止め、小金をためる努力をしてください。生命力を浪費してたくさんの症状を抱えて来る患者さんがいますが、見るに耐えないのです。その身体はあなただけの所有物ではないのですから、みんなのものだと思って大切にしてください。

(2008.12記)

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